潰瘍性大腸炎という難病と診断を受けその合併症か腰痛と自律神経の乱れも併発しストレスの日々

潰瘍性大腸炎という難病

私は2015年の6月に潰瘍性大腸炎という難病であることがわかりました。それに加えて潰瘍性大腸炎の合併症なのかひどい腰痛と、さらに同じような時期に自律神経の乱れや血圧の急激な変化など1年の間で体の不調が積み重なりました。

潰瘍性大腸炎という厄介な難病

2015年6月にひどい下痢やトイレの回数が増え、そして白い粘液便や血便を繰り返し、病院へ行き分かった病気は潰瘍性大腸炎という難病でした。

潰瘍性大腸炎(UC)とは
  • 大腸の粘膜に次々と炎症が起こり、下痢や血便などのさまざまな症状が表れる病気です。1973年に厚生労働省の特定疾患治療研究対象疾患(難病)のひとつに指定されている病気です。

私の場合は、元々お腹が弱かったのでいつが発症時期かはわかりません。しかし2015年の初め頃に、右下腹部の鈍痛が続き、痛みもひどくなっていたので、病院に行きましたが、この時点ではまだ目視できる血便や酷い下痢などはありませんでした。

病名がついたのが2015年6月と言うだけで、実際はもっと以前からなっていたのかもしれません。腹痛になれば異常な痛さが起こるので、それはすでに25歳くらいから起こっていたような気もします。

潰瘍性大腸炎の合併症かわからない腰痛の併発

潰瘍性大腸炎と診断されてから元々の体重も減り始め、1年で12kgも減少しました。2015年は本当にひどい状態で、さらに1時間も立っていられないほどの腰痛も併発しました。この腰痛は潰瘍性大腸炎での腹痛を感じだしたと同時に併発しました。

潰瘍性大腸炎の合併症には関節痛などもあることはネットで調べましたが、この腰痛の原因は今もなおわかりません。そして右下腹部の鈍痛と腰痛について最初の病院で診察してもらいました。それが2014年の末でした。

しかし、そこではわからなかったため、大きな病院で診察しましたが、腰痛については少しヘルニアがある程度で、そこまでひどい状態ではないとのことで、結局、腰については特段の治療もありませんでした。

右下腹部の鈍痛については、エコーやCTを撮りましたがわからず、後から思えば便だけ取れば分かることを、便をとるという判断をしてくれる医者にすら巡り合わないのは運が無いとしか言いようがありません。

結果、その後にひどい下痢や血便や白い粘液便などを定期的に繰り返し、完全に病名がわかるまでに半年かかりました。その間もFXでストレス全開の日々。トイレに行く回数も1日10回を以上と増える状況が続いてきたのが2015年の5月頃でした。

潰瘍性大腸炎と判明するまでの経過
  • 2014年末に右下腹部の鈍痛が続きプラスするように酷い腰痛を併発する
  • 2015年初めに腰痛はMRIを撮るも少しヘルニアがある程度で右下腹部の鈍痛についてはわからず
  • 2015年5月頃より下痢や血便・粘血便・白い粘液便などが見られるように

潰瘍性大腸炎の症状・病変

潰瘍性大腸炎の病変
  • 直腸型・S状結腸型・下行結腸型・横行結腸型・上行結腸型・全結腸型などがあり更に炎症の程度が人により異なります

私の場合は初期は直腸型でしたが直腸型・S状結腸型・下行結腸型・横行結腸型と1年かけて進行したようです。ただ、その初期の診断も直腸だけだったのか今は疑問です。

潰瘍性大腸炎の症状
  • 下痢・軟便・血便・粘血便・腹痛・貧血・発熱・体重減など様々な症状があり、1日5回以上の排便や血便があれば重症とされ、15~20回程度になれば劇症となります

私の場合は一番ひどい時期は2015年6月~2016年6月の間は相当ひどい状態で、白い粘液便や血便や下痢の状態で、日々10回以上の排便を繰り返す日々が続きました。毎日ではありませんが、相当の頻度でこの1年間は繰り返しました。

体重もMAXの状態からは17Kgも落ちましたが、2018年時点では最低の体重からは5kg程度は戻りました。

大腸内視鏡検査で潰瘍性大腸炎とわかるも病院の見解にイライラ

私の場合は病名が分かるまでに結果として半年かかりました。2015年6月時点で初めて大腸内視鏡検査で潰瘍性大腸炎と判明するも、その病院では見られないと言うことで、結局、大きな市民病院を紹介されてました。

その市民病院での先生の見解で、潰瘍性大腸炎で自分の右下腹部の痛みはあり得ないと言われました。しかし、自分の感覚では盲腸のような感じで、右下腹部は日々痛みを増しました。挙句の果てに言われたことは、

潰瘍性大腸炎は痛くないはず

意味がわかりませんでした。すでに病名がついた時点で、色々ネットで調べましたが、皆さんそれぞれに苦しみを書き綴っていました。それなのに痛みは無い?。ではこの痛みは?何?俺がウソついてるの?

その先生との会話は成立しませんでした。しかも日々痛くなり、生まれて初めて救急車を呼んでほしいと嫁さんに言うほどの激痛に移行。ただ、真夜中だったので、呼ぶのを我慢して、その市民病院の夜間救急へ電話し、嫁さんに送ってもらいました。

幸い、段々と痛みは薄らぎましたが、病院についてもまだ通常時の体では無く痛みは続いていましたが、

『よくわからないので朝に再度担当医師に見てもらってほしい』とのことで、点滴は愚か痛み止めすらくれない始末

結果、朝に再度夜間に行った同じ病院で血液検査しましたが、その状態でも血液検査でのCRPの値は異常値で、担当医は『どこも痛くないの?』と聞いてくる始末。『痛いわボケ!』と心の中で叫びましたが、

この病院での見解はこちらが酷い腹痛を訴えても潰瘍性大腸炎は腹痛は無いし、あっても右下腹部の腹痛はないとの見解

この時点で、この病院に通院することは諦めました。今まで自分が経験した最大の体の痛みは結石です。あの時も夜に病院に駆け込みました。しかし、この時の痛みはさらに上に感じる痛み。この痛みを痛くないと言われ挙句にその後の診察ではロキソニンを処方するだけ。

アサコールの吐き気の連続もアサコールに副作用は無いと言い切る医者への不信感

この病院では最初に潰瘍性大腸炎と診断された時点から『アサコール』という薬を処方されました。これは安倍総理と同じ薬だと思います。人によれば改善は見られるようですが、

私の場合はアサコールの服用ですぐに強烈な吐き気と腹痛が更に増しました

さらに言えば2週間服用して一向にお腹の痛みも吐き気も治りませんでした。その挙句、さらに2週間この状態が続き、1ヶ月服用しておこったのが上記の深夜に駆け込んだ強烈な腹痛でした。

一体なんのための薬なのか?。疑問にしか感じなかったので担当医に聞けば、『アサコール以外は効きが悪い』という始末。今はネット時代です。私もバカじゃありません。薬は色々あるのも知っていました。

しかもアサコールでの副作用にも吐き気、潰瘍性大腸炎の悪化なども書かれて報告事例もあります。まして難病で完治しない病気であり、本当は薬が効くとか言い切れるものでは無いはずです。

すでに処方されて2週間で吐き気や腹痛は担当医に訴えましたが、全く聞く耳持たずのアサコールの一点張り。結局この時点で病院に通院することさえ辞めました。これが2015年8月頃でした。

最初の通院の市民病院での不信感
  • 2015年6月に潰瘍性大腸炎と診断され市民病院に通院を開始
  • 薬に関しては【アサコール】を処方されるも、凄まじい吐き気と腹痛が続く
  • 2015年8月に担当医の見解に納得が出来ず通院を辞めて、アサコールの服用も自己判断で辞め、一旦どの病院にも行かない期間をとるがその後悪化する

病院に通院せず放置した潰瘍性大腸炎はジワジワ悪化し活動期へ

結局、2015年9月~11月は通院しませんでした。色々近くで病院は探しましたが、またアサコールをごり押しされるという感覚だけが残り、病院をためらいました。それほどの吐き気と腹痛でした。アサコールを辞めると症状は改善しました。

アサコールを服用中が私にとって最大に潰瘍性大腸炎が酷い状態の時期でしたが、痛みだけならばアサコールの服用をやめた時に痛みや吐き気は収まりました

しかし、それは痛みが緩和されただけで、右下腹部に残る鈍痛は消えず、白い粘液便や血便やトイレの回数もジワジワ増えて行きました。2015年11月末頃にはトイレが近くにないと怖いほどの回数になり、さらに血便量が増えました。

さすがに嫁さんも怖いのか大学病院へ行って欲しいといい、色々探してくれ取りあえず紹介状も無い状態で、過去の潰瘍性大腸炎の状況の画像を持って行きましたが、取りあえず再検査。初期の状況より少し悪化ということでした。

薬に関してはアサコールでの副作用は人によりあると言われ、基本的には潰瘍性大腸炎では完治はしない上での『寛解』の状態の維持が大切であるので、薬も人により異なるとのことで、アサコールが合わないのであればペンタサに変えようとのことで坐薬を処方されました。

潰瘍性大腸炎の患者を多く見ている大学病院で診察
  • 2015年12月に血便や白い粘液便が多くなり大学病院で診察
  • 薬に関しては【ペンタサ:坐薬】に変更
  • 症状は少し落ち着きを見せるが、腰痛が酷くほとんど家から出れない日々に

大学病院へ3ヶ月通院して近くのかかりつけ医を探すことに

通院して3ヶ月程度で、概ね発症してからでは安定した状態でした。しかし、すでに腰痛の悪化は酷い状態で、そこに加えての右下腹部の鈍痛は相変わらずの状態。毎回大学病院へ通うのも大変だろうとかかりつけ医を近くで探すことに。

並行して、腰痛もMRIを撮るもやはり解決せず。そして近くのかかりつけ医を探し、とても親切でいい先生と看護婦さんの病院と出会いました。しかし、通い続けている間も特段ペンタサが副作用は無いものの効いている実感はありません。

私の場合はペンタサが副作用はないものの効果があるとまで言える改善は無かった

トイレの回数は落ち着きましたし血便も止まりました。しかし、残り続ける右下腹部の鈍痛。そして立っていられない腰痛はここが最大のピークで、もはや10分が限界状態。その中あがくように無理に散歩や動かず出来る筋トレ的なことも続けました。

しかし、腰痛は一向に治らず。そして2016年8月になると、このかかりつけの病院が廃業。というか先生が雇われらしく先生が辞めて新しい先生を探すまでの期間の廃業という微妙な問題に直面しました。

先生が大学病院卒業ということと消化器内科に強い先生だったのですが、遠い所へ行くとの事で、結局、どこにするかは決めていない状態で、あて先の白紙の紹介状だけを書いてもらい、また病院探しとなりました。

大学病院からかかりつけ医の紹介を受け自宅近くの病院に通院も廃業
  • 2016年3月~8月まで自宅近辺の大学病院で紹介してもらったかかりつけ期医に通院
  • 薬に関しては【ペンタサ:坐薬から飲み薬に】に変更
  • かかりつけ医の先生は非常にいい先生だったが、雇われの先生なのか先生が辞めるとの事で一時病院が閉鎖したので、又病院探しの日々に

現在も通院する病院での潰瘍性大腸炎との向き合い

今も通う病院は2016年9月に通院を始めました。潰瘍性大腸炎の雑誌に取り上げられ、大腸内視鏡検査が上手いとの事で選択しました。ここでは上記の経緯を伝えて薬はサラゾピリンに変更。それを2018年の3月時点でも服用を続けています。

サラゾピリンを服用後はトイレの回数は多い時でも5回程度までで済んでいますし、減少し続けた体重も少し戻りましたが、腹部の言いようのない鈍痛はやはり残っています。

これ以前の話ですが2016年の初めから、右下腹部の鈍痛と酷い腰痛に加え、これはあくまで自己判断と確実な悪化状況があることですが1つは高血圧。ただ、私は通常時の血圧は高血圧というレベルの手前です。

しかし、血圧の変動が激しいようで、この当時、とても表現しずらい症状に悩まされていました。暑い部屋から寒い外に出た時に急激に血圧が変動するようで、めまいや吐き気を伴い、酷い時には3時間ほど横にならないと回復しない状況が続きました。

それと伴に自律神経の乱れか、寒い冬の外で急に汗が大量に出たり、何もしていない暖かい部屋の中で急速に手足が冷たくなったり。そして何度もこういう状況を繰り返しました。表現の難しい状況ですが、この状態は1年半ほど続きました。

今、通院している病院で血圧の薬を出してもらってからは少しマシですが、暑い時は寒くなったり寒い時は暑くなったり、風呂の湯舟の中なのに寒かったり、訳の分からない感覚は今も続いています。

血圧の急上昇に伴い体全身の悪寒や実際に手足の急激な冷たさがきて、強烈な目まいや吐き気などがおこり横になって安静にしても3時間程度寝込まないと収まらない状態を月1・2回おこる状況が続いた

これは潰瘍性大腸炎と併発したものなのか、それとも自律神経の乱れが生んだものなのか今もってハッキリしませんし、ピーク時は去ったようですが、今もなお時折こういった症状は出ることがあります。

腰痛については潰瘍性大腸炎がどう影響しているのかも不明です。ただ、以前の先生は潰瘍性大腸炎の合併症で関節痛が起こり得るので腰痛は全く関係が無いとは言い切れないと言ってくれました。潰瘍性大腸炎が落ち着けば腰痛も少しは改善するかもとの事でした。

確かに今はピーク時の腰痛よりはマシです。潰瘍性大腸炎のピーク時と腰痛のピーク時は同時期です。今は、潰瘍性大腸炎は落ち着いていると思います。ただそれで腰痛が大改善したかと言えば10分立っていられない状態が、30分~1時間に伸びた程度です。

そして寒い冬の時期は潰瘍性大腸炎のせいなのかどうか限定は出来ませんが、下腹部の痛みは増します。冬はいつも調子が悪く、今まではエアコンで部屋を暖かくすると気分が悪いのでコタツだけでの生活でしたが、2年前から冬はエアコンが無いと腹痛が怖いです。

現在も通院する病院での潰瘍性大腸炎との向き合い
  • 2016年9月より現在も通院する病院に変わる
  • 薬に関しては【サラゾピリン】に変更
  • 便の回数は多くとも5回以内には収まっている
  • 但し、慢性的な鈍痛のような腹痛は続いている
  • 腰痛は少し改善したが少しと言う程度
  • 自律神経の問題なのか分からないが体の温度の感じ方が異常な状態は続いている

難病の潰瘍性大腸炎でストレスの多いFXを続ける難しさ

FXの好調時であった2014~2016年の間は、潰瘍性大腸炎との戦いで、相当時間制限を受けました。腹痛に耐えられず睡眠に時間を割いた2016年は今思えば、夜のFXは全てパスしたと言っていいほど、取引は朝の9時から晩の23時程度までと限定されました。

しかも日々体の不調は続き、そのことで集中力を欠いている場面も多々ありました。FXの取引中に激しい腹痛に襲われたり、血圧の上昇で寝込んだりして、相当取引に影響を及ぼしたことは確実です。しかし、それを何とか収益を得ることでカバーしていたのがその3年間でした。

実際にこの体の最低な状態でFXの取引に制限がある状態で無ければ、もっと稼げていたのではという感情が今のFXの停滞期間に無いかと言えばウソになります。

潰瘍性大腸炎が少し落ち着き始めた2017年は途方もないFXの不調。潰瘍性大腸炎の悪化は嫌なので晩も制限は続けました。しかし、1年にわたるFXの収益停滞は途方もないストレスを貯め込みました。そしてそれが続く2018年。1月からは晩の取引制限を辞めて26時程度まで取引した日もあります。

しかし、体は正直で数日それを続ければ途方も無く腹痛は増しました。そして悪化を避けるためやはり時間を制限したり取り払ったりを繰り広げ、さらに収益停滞が続く状況でメンタルは爆発状態です。

今は何とか安定している潰瘍性大腸炎もどこを引き金に爆発するかわかりません。そしてストレスを改善するための体を動かす事の出来なさがさらに自分のストレスを増す原因にもなっています。

ストレスを改善する方法は外で体を動かしたいと思えど腰痛やその他の自律神経なのかなにか得体のしれない感覚で、時間制限を受けてしまい、続けることは難しい状態です。インドアでのストレス発散は今も難しい状態。

ストレスと潰瘍性大腸炎の因果関係を明確化は出来ていないでしょうが、元来自分を攻撃に回る病気なので、やはりストレスが全く関係ないとも思えません。今の自分が抱えた体のあらゆる不調とFXの絶不調。

これらと上手く向き合っていく事自体にストレスを積み重ねる日々に相当鬱積した感情がすでに1年3ヶ月を超えてきています。潰瘍性大腸炎を抱えていて最低限の収益がある状態のFXなら耐えれたことも現状の収益停滞が体にどのような影響を及ぼすのか?

私がこのブログで語るFXのメンタル悪化は取引以外の問題を含み過ぎている

FXだけの不調ならば、それを受け入れなければならない日が来ることはFX専業トレーダーを開始する前から認識していました。しかし、潰瘍性大腸炎とひどい腰痛や自律神経の乱れに血圧の急上昇などここまで複合的な体の不調は想定外でした。そしてなにより、

自分のメンタルを一番苦しめているのは、FXがダメなら最悪はどこかで就職すればいいと割り切れる気持ちが、この体の状況ではとても就職など難しいと感じる日々で、FXに過度の思い入れをしてしまっていること

再就職が難しい状態の体で、自宅で収益を生み続けるためにはFXが今の所は主力です。ただ、ここにきてのFXの大停滞が、さらにメンタルを悪循環へ導いてしまっている状態です。しかもメンタル悪化で受けるストレスはどこに波及するかと言えば、

FXの勝ち負けのストレスは許容できるが、取引できない相場の連続からの収益停滞でのメンタル悪化は、自分が一番苦しんだ潰瘍性大腸炎の悪化に直結するのではないかという恐怖心

ここの無用な体のことも含めた自問自答のループが繰り返されている状態が、2018年4月時点の自分の姿なのかと思います。まあ、お涙頂戴記事を書きたかったわけではなく、自分なりにこの病気とは長く付き合うことになります。

今まで、このブログの中では『ある難病』という表現でしたが、まあ、別に隠す必要もないわけで、FXをメンタル・メンタルと語っている自分です。ただ私の語るメンタルとはこういう状態の状況でのことなので、それを明らかにしている方が、伝わりやすいと思いました。

私が常にFXを人に勧めない理由として自分の置かれた状況を想定しているので、どうしても過度な表現になっているのかとも思いますので、こういった状況下においての話だと思って頂ければと思います。

潰瘍性大腸炎のまとめ

潰瘍性大腸炎に関してはある意味、自分自身の性格的な部分から生まれたような気もします。生まれてから基本的に自分を肯定せず否定ばかりして、どちらかと言えば自分を叩きまわってプレッシャーをかけてきました。

25歳から自営で全く人の紹介もつても無く仕事を無からはじめ、他人に頼ってはダメだとして生きてきて、さらに自分がやってきたことも否定的に捉える性格。ある意味自分を攻撃するこの病気特有の性格の持ち主だったのかもしれません。

しかし、この病気は始めて診察した時に麻酔をかけたからだと思っていましたが『奥さんを呼んでほしい』と言った医者の意味がよくわかりました。ここまでしんどい病気である認識は始めはありませんでした。

元々腹痛は子供のころからあり我慢癖は出来上がっていたので、最初はその延長だと思っていたし、潰瘍性と聞いた時点で胃潰瘍のようなものかと思っていました。『難病』と言われて時でさえピンときませんでした。

しかし、その後の痛みやしんどさは自分の想像を超えていました。そう言った意味でも今は少し安定期に入っているのに、さらにここでFXの停滞からのストレスが混ざることに相当の拒絶反応がありその中で途方もない無限の悪いループに突入してしまいました。

自分が人生の岐路だのFXの岐路だのと大げさにブログで述べている原因の一つはFXとは全くかけ離れた潰瘍性大腸炎という難病が大きく関わっています。この難病とはうまく付き合っていく必要があります。しかし、FXを行う上でストレスフリーはありません。

FXのスキャルピングという手法が2016年の口座凍結以降、ドル円の低ボラティリティ相場の連続で通用しないストレス状況を1年半近く味わい続けました

今自分の潰瘍性大腸炎とプラスする形での腰痛や自律神経の不調等で、FXがダメなら再就職という大きな心の中の逃げが出来ない状態が、複雑に入り交じってさらに自分を攻撃しています。ここからは自分の攻撃を制御しないとまた悪化が始まります。

潰瘍性大腸炎という難病とFXと言うストレスの塊の投資。このバランスを今は完全に乱してます

これが上手く付き合える状態を生めるのかどうか?長い旅路の一歩もあり、このブログを書き綴ることを選択した1つの理由なのかもしれません。

今後、どのようになって行くのか?FXでは過去最大の収益停滞状態の真っただ中にいる2018年。このブログが終わりを迎えるのは、本当の意味で全ての状態の悪化という意味だと思います。今は続けることを願いつつ全てを改善できる一歩を踏み出す段階なのかもしれません。

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